| 小説っていいよね
ご存じ宮西はアホほど漫画を買っている。Kindleの蔵書も1,500冊を超えたが、そのほとんどは漫画といっていいだろう。紙でも漫画を買う。ハンターハンターやスラムダンク、ワンピースは全部紙で部屋に置いているし、これだけで150冊以上は増える。そういえば噓食いやライアーゲームも押し入れに入っている。我が家における最大重量は私の体ではなく、昇降式のデスクでもなく、おんぼろ洗濯機でもなく、漫画だ。
紙で持っていようがどこでも読みたいという理由でKindleでも買いなおすほどの漫画好きな私だが、それでも誰かに何かを勧めるというのであれば漫画ではなく、小説を推す。
あまり小説について自分の趣味を語ることはないが、実のところ一番好きなエンタメは小説かもしれない。
漫画は好きだし、ドラマも見るし、映画も一時期くるったように見ていた。芸術というものを解さない知的下流階級に属する私は、とにもかくにも世界観があるものであればなんでも好きなのだが、その中でも特に小説というものはどこでも手っ取り早く時間を忘れ別世界へ誘ってくれる。ちびっこの頃からおじさんになるまでずっと愛していたのは、小説。
エルマーくらいからきっと始まり、ハリーポッターに触れながらちょっと擦れた自分はバーティミアスやダレンシャンという別種の児童文学に触れ、シャーロックホームズにハマり、ミステリーを国内外問わず読み漁った。映像化作品を見るなら、礼儀として必ず原作にも触れるようにしている。
もやもやが重なったり、嬉しさのあまり眠れなかったり、なんとなく自分の中で言語化できていない感情に苦しんだり、そんな感情のジェットコースターの寄る辺となって僕という人格を形成してくれたのは紛れもなく小説だったのだ。
ちなみに断然紙派。ちょっと薄暗い所で、目をしばたたかせながら、誰にも見られない自室で読むのがやっぱり好き。
| 肩をすくめるアトラス
やいのやいのと語りは長くなったものの、今回おすすめしたいのはコロナ禍に読んだ1作「肩をすくめるアトラス」シリーズ。
全3部作という長編で、かつ1冊あたりの分量もかなり多い。特に3巻はめちゃくちゃ分厚い。お値段も小説、しかも文庫本にしてはかなり高く、1冊2,000円ほどする。3冊で6,000円超え。お弁当生活をすれば1か月のランチ代くらいにはなりそうな大金である。
然れどもひと月のランチをすべて諦め、腹が満ちなくてもその分脳は満ちるはず。
ググればいくつかのレビュー記事がヒットするが、本書は一部思想書としてしばしばあげられる。あらすじを鬼のように搔い摘むと、「利他主義」vs「利己主義」の戦いである。
本書のスタンスはごりっごりの「利己主義」側。
発刊された1957年という時代背景を含めて考えれば冷戦真っ只中、アメリカ主導の資本主義(利己主義)がソ連主導の社会主義(利他主義)を食い止めようとしていた頃なので、利己主義陣営の肩を持つのも納得ではある。
(さらに作者はロシア系アメリカ人。生まれも相まっての徹底的な利己主義思想なのかもしれない)
本作ではたびたび社会善(というよりお友達ごっこの様相も多分にあるが)vsより良いものを信じる「利己主義」という構図が登場する。
日本人的な他者を尊び、調和をよしとする意識のもと読み進めると、決して社会善サイドは根っからの悪人というわけではないように思える。
例えば鉄道会社のレール発注に伴い、社会善チームは自分たちの友人を守るために政治を使い主人公チームの邪魔をする。
醜悪でイライラが止まらない部分ではあるのだが、それでも世界全体より自分たち近辺を守りたいという気持ちはわからなくはない。先の見通せない不安定なものにいくより、何かと言い訳をしながら現状を維持したくなる思想は自分にもある。
行為自体は我が為であれども、公共の利益を目的としている部分も一部にはあるわけで、何もかも間違いとは言い切れない。
合理的な判断かと言われれば疑問符をつけるにしても、社会を維持するという観点では全く救いようがない悪役というわけではない。
むしろ利己主義チーム(主人公側)のほうが、傲慢で、頑固。強いリーダーと言われればそうなのかもしれないが選民思想も見え隠れ。
自分たちこそが世界を推し進める存在だと確信し、政府や世界が自分たちを妨害していると信じ切っている。さらには福祉に頼る人を「我々に依存する努力もしない人」だと断言する。
非常に強い言葉で主人公(つまり筆者)の主張は繰り返され、特に意思もなく読んでいると「そうだそうだ!」と思わなくもない。とはいえ現代日本に置き換えてみると挑戦に失敗したときのセーフティネットである「生活保護」は福祉にたかる存在か?等すっと呑み込めない部分もちらほら。
かなり昔の作品なので、そもそも富が富を生む投機家のような現代の資本主義が抱える課題感等、見据え切れていない部分もある。
小説読むときなんて、価値観の喧嘩よ
本書を読んでどう思うかは個人の思想。結果どう思った?本書に書かれている利己主義は行き過ぎ?それとも妥当?なんていうのは自分の育った環境や育てた価値観による。
一方で、なんとなく自分を形成している価値観や、嫌いなものの正体、許せないものは何で、美しいと思うものは何なのか?ということを振り返るには、一貫した主張が繰り広げられる本書が凄くピッタリくる。
どうにもフェアではない筆法だからこそ、自身の内面と向き合うには最適なのかもしれない。自分の中の哲学と向き合いたくなった際には「肩をすくめるアトラス」を思い返して欲しい。上中下巻と大長編だが、上巻だけ読んでも一定話は完結する。まずはライトに手に取ってもらえると嬉しい。
小説なんて、価値観を喧嘩させるためのもの。自分の気持ちや感情や哲学をもとに、誰に感情移入して誰を許せないのか。作者との真っ向勝負である。やりきれない感情を抱えているときにはめっちゃおすすめ。
最後に、心が震えた名言を残して。
”己の人生とその愛によって私は誓う
私は決して他人のために生きることはなく
他人に私のために生きることを求めない”
あるいは
”自分の求めているものがわからない人間に、お金が幸福を買い与えることはありません。
何に価値をみいだすべきかを知ろうとしない者に価値基準を与えはしないし、何を求めるべきかを選択しようとしない者に目的を与えることもない。
愚か者に知恵を、臆病者に賞賛を、無能な者に尊敬を買い与えはしないのです。”
こんな言葉にピンときたら、ぜひ。